月夜見

   “春も間近の”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 

歳を取ると時間が経つのが早く感じられるそうで。
親戚の子供があっという間に面変わりするほど大きくなっちゃうし、
ああもう三月かァ、なんて、
暦の流れの速さへ溜息ついてしまったり。

 「まあ確かに、二月三月は来るのが早いよねぇ。」

お正月ののんびりした空気が 気がつきゃ遠くなりにけり…というのはちと大仰だが、
それでも“もう三月か〜”というお声はよく耳にする。
現代ならば進学進級へのステップアップという移り変わりの季節だし、
昔だったらそこはそれ、やっぱり新しい耕作の始まりを待つ頃合いで。
田畑を起こしたり苗床の準備を見積もったり、
冬の間に固まっていたあれこれをほぐす支度は山とあり。
それらを数え始める暦にも、
桜や春の訪れを待つのの最後、
もうじきだぞとの待ち遠しさを現すものか、
農閑期を利用した祭事が結構あったりし。

 「そうねぇ、ひな祭りに初午に。」
 「おいおい。初午は二月だろう。」

指折り数えるナミへ、ウソップがツッコミを入れたれど、

 「昔の暦でいや、春分のころだったのよ。」

そうそう。
初午というのは全国に山ほどあるお稲荷さんの祭りで、
その昔、京都の伏見にお稲荷さんの本社が据えられた日。
二月最初の午の日に参拝するのだが、
今の暦だと一番寒い頃合いだけど、本来は春分の日あたりの頃合い。
お日様も高くて運気の良い日、というのが本来のお日柄なので、

 「このお話じゃあどうなんだろうね。」

ううう、今のカレンダーでよろしくです…。

 「ひな祭りと云やあ、親分がさ。」

話を強引に引き戻してくれたのが。
昼食の混雑が引けたとあって、
遅いお昼に運んでいたウソップとおしゃべり中の女将へ
お茶を運んできた板前のサンジさん。
どうぞという会釈と共に、
盆に載せて来た愛らしい湯呑と
小皿にちょんと盛った梅の形の落雁と、
ナミの立ってた間近な膳台へ移して差し上げて。

 「ひな人形咥えてった犬を追ってって、
  思わぬ手柄を立てちまったっていうじゃないか。」

 「そうそう、それよそれ♪」

アジの開きとシロナのおひたし、
大根とわかめの味噌汁という定食を、
どんぶり飯で食べていた下っ引きのウソップが、
意を得たりとばかりに語調を上げて応じたのも無理はなく。

 「大通りに店を構える、太巻き屋の王寺屋の、一人娘のひな祭り。
  京都の友禅やら金沢の蒔絵やら、
  今仕立てれば贅沢禁止の禁令に触れそうな豪華なあれこれ、
  お雛様の着物やお道具にたっぷりと贅を尽くした逸品のうち、
  一番上へと飾りかけてたお内裏様に。
  庭に来ていたどこぞかの柴が
  たたたッと駆け寄ってってパクリと咥えたそのまんま、
  どこぞかへ飛び出してったっていうから、
  娘づきの女中や小僧どもは大慌て。」

太巻き屋というのは反物屋さんのことで、
ご城下大通りに面したところへ店を出すというからには、
昔から繁盛していたのだろう大店で。
そんなお店の奥向きの座敷で
ひな壇拵えて飾りつけの真っ最中だった先月の末ごろ、
そんな思わぬ事態が出来したらしく。
この冬は妙に暖かい日があったりもしたその延長、
その日も朝から暖かだったので。
ショウノウの匂いを逃がすのも兼ねてのこと、
縁側に向いた障子を開けての作業となったところ、
そんな騒動が飛び込んで来たというところか。
いつも庭先へ遊びに来ては小僧さんたちやお嬢さんから可愛がられていた子犬。
だっていうのに何て恩知らずな悪戯をしたものかと、
青くなって立ちすくむお嬢さんを世話役の女中が宥め、
蔵から出すのを手伝った手代が小僧らに声を張って追わせたその鼻先、

 『おうおう。何だ何だ、こんな可愛らしい姫様の誘拐か?お前。』

ご城下の見回り中だったらしい、麦わら帽子を背中へ提げた姿も有名な、
ここいらじゃあ知らないものはない凄腕の岡っ引き、
麦わらのルフィ親分が丁度立ちふさがるように通りかかったものだから。
追ってきた小僧さんたちがホッとして足を緩めたのも頷けたれど、
そんな小僧さんの後方から、

 『何を立ち止まっているんだいっ、捕まえて取り上げないか。』

手代さんの声が来た道の奥向きから飛んで来る。
番頭さんよりやや年若の、
それでもよく目が利く賢(はし)っこさを飼われての出世頭ときくその若いのが、
日頃の役者のような男っぷりをキリキリ尖らせて怒鳴ったものだから。
普段は穏やかな気性なの、兄さんのようと慕う小僧さんたちも、
思わぬ変貌ぶりへ首をすくめてびっくりしておれば、

 『お…。』

柴犬くんまであわわと驚いたよに駆け出しかかり。
待った待ったとゴムゴムの腕をひょいと伸ばして親分が難なく掴まえ、

 『ほら、大人しく渡しな。』

牙に引っかけお召しを破かぬよう、
やっと追いついた小僧さんに人形の方を持たせる格好、
口を上下に開かせて、なるだけそぉっと取り外せば、
きゅんきゅんくぅ〜んと甘えたような声を出すやんちゃもの。
抱っこされた格好になった親分の、
まだまだ幼い作りのお顔をぺろぺろ舐める無邪気さよ。

 『わあ、くすぐってぇvv』

これも王寺屋さんの漆喰壁が続く道、
小僧さんたちと一緒くたになると どれが誰やら見わけも難しいほどに、
あどけないお顔をほころばせる親分だったが、

 『どんな匂いがしたのやら、
  ショウノウ臭いもんをわんこが咥えるなんてあんまり聞かねぇよな。』

よしよしと小さな愛嬌たっぷりのお顔をもみくちゃに撫でてやってから、
やっとこ解放してやったわんこへの言にしては、
妙にしっかとしたお言いよう。
はっきりくっきり口にした親分が、すっと視線を上げて見やった先には、
日頃の優男が嘘のよう、妙に険のある風貌となって王寺屋の手代さんが立っており。

 『何でか鰹節の匂いがしたぞ、このお雛様。』

十二単を優雅にまとった愛らしいお人形。
金の冠の下、品よく笑ってござるお顔にゃあ関心もないが、
上物の枕崎の鰹節には、親分さんにも覚えがあったか

 『そんなややこしいもんで作ったお雛様ってわけじゃなかろ。
  打ちかけの下にでも仕込んだか?』

 『う…。』

言い当てられたか、言葉に詰まって立ち尽くし…たかと思いきや、
そのまま来た道を戻りかかった長身へ、

 『わ…。』

近間のどこから飛んできたそれか、
ちょっぴり素朴な木彫りの牛人形がごつんと
手代さんの月代(さかやき)辺りへぶち当たる。
余程に痛かったのだろう、ふらついて漆喰壁に背中を打ったところへと、

 『あ、あすこにいたっ!』

店の方から別口の大人の声がやって来る。
大人の使用人たちらしく、その方々もやや剣呑な顔つきで、
ややとこちらを見据えるとお仲間だろう手代さんに手を掛けて、
助け起こしたかと思いきや、

 『恐ろしいことを企みおって。』
 『不貞野郎だ、覚悟しや。』

寄ってたかって小突き回す始末。
そこまでの不審は覚えなんだか、親分もキョトンとしておれば、
そんな彼へと歩み寄ったのが番頭さんらしき恰幅の良い男性で。

 『いや親分さん、ありがとうございます。』

深々と頭を下げた彼が、ここではなんだ店までおいでなさいませといざなう仕草。
他の方々も同じような態度をするので、ままよしかと従えば、
裏木戸から入った 手入れの行き届いた庭を突っ切り、
お雛様が飾られてた途中の座敷へ上がってくださいましと勧められ。
上がってみたれば、店の主人と女将さん、
少し下座には幼いお嬢ちゃんもお膝を揃えて座ってござる。

 『いやいや親分さん、こたびはどうもありがとうございました。』

貫禄もあって柔和な顔つき、だがだが商いの正念場にはきっと凄みも見せるのだろう、
壮年の主人が深みのあるお声でそうと言い、

 『野良の子犬がひな人形を攫った悪戯。
  それで騒然となった隙を衝き、うちの娘を攫ってこうと構えた一味があったらしくて。』

 『な…。』

もじもじしているお嬢さんは、
まだ前髪も上げない幼さながら、それでも女将さんに似て愛らしい面差し。
きっと主人も猫かわいがりしている一粒種なのに違いなく。
昔の子供の誘拐は、現代のような身代金目当てというのは珍しく、
その子が気に入ってとか労働力にというのが主だったそうだから、
攫われてしまったら最後、
犯人も接触なぞしてこないままという悲惨なこととなったに違いなく。

 『女中の一人と結託し、今日の支度の中で騒ぎを起こして、
  あれお嬢様はこちらへなんとと促して、店の外へ連れ出しかけたのを、
  通りすがったお坊様に助けていただいて難は逃れましたが、』

 『お坊様?』

犬を追え追えと小僧らをけしかけたのも、人払いをするつもりがあったから。
怖かったでしょう、でもお雛様は手代さんが取り返してくれますよと、
何故だか座敷から連れ出され、
別の裏木戸へ連れてかれた娘だったのを、

 『怖がってるのはそれだけじゃなさそうだがな、と
  声を掛けて来た饅頭笠のお坊様があって。』

途端に形相も強張っての、悪鬼のようになったそのまんま
娘の腕を力づくで掴み取り、逃げようとした女中だったの、
錫杖でとんと衝いて気を失わせ、

 『キャッと悲鳴を上げかかる娘へ、
  シジミの根付をちりりと鳴らして気を逸らさせて。』

古着の端切れで貝殻を包み込み、
小さな鈴をつけて作る小さな根付け。
今でいうところのストラップを摘まんで揺らし、
可愛いだろうとお嬢さんの気を逸らしてやった芸の細かさを繰り出すと。
そうして娘御だけを屋敷の内へ連れ戻してくださった、とか。

 「…きっといつもの あのぼろんじの坊さんだろうなと俺は思うんだが。」

定食を食べ終え、熱いお茶をすすりつつ、
いかにも名推理だろといわんばかり、声を低めて囁くウソップだったのへ、

 「そうだな、まず間違いはなかろうよ。」

あっけらかんとサンジが応じ、

 「だわね。親分の働きを見てかどうかは怪しいけど。」

ナミもナミで頷いており。
何だよおまいら、そんなあっさり察しつけやがってよと、
ウソップが口許をとがらせたものの、

 “判らないはずがないわよね。”

日頃もあれほど、時々危なっかしいまま大事件へ飛び込む親分へのフォローよろしく
いつも何かしらの手助けをするお坊様なの、
親分さんの側の周辺だって気がつくってものよねと。
くすすと笑ったのは、一膳めしや“かざぐるま”の屋根の上、
看板の陰に腰を下ろしていた黒髪の女性隠密だったりし。
もっと深いところを言えば、
愛らしい娘御を攫ってしまえと彼らサンピンヘ命じた黒幕があり、
裕福な太巻き屋を困らせて商売を立ち行かなくしてしまえとした競合相手の企み。
何か起きそうだから気をつけててほしいと
依頼したのは何を隠そうこのお姉さまだったので、
この流れにはむしろ驚いたらしいけれど、

 “相変わらず、困った巡り合わせを招く親分さんなようね。”

お坊さんも大変だことと、そこは他人事として、
楽しそうに笑ったそのまま、春も間近な空を見上げたのでございます。






     〜Fine〜  16.03.08.


 *急に暖かくなって、でも
  まだ油断しちゃいけないそうで。
  こりゃあ桜も咲く頃合いを間違えそうで、そこが心配ですな。
  いつだったか満開になった日が寒の戻りと重なって
  大雪降ったって年がありましたもんね。


感想はこちらvv めるふぉvv

 感想はこちらvv

戻る